2009年5月18日 旅の終わりと始まり
今朝は7:30am頃日本人同級生Gbが諸々の手伝いのために来てくれた。まずは彼の部屋に俺の荷物類を運ぶ。三辺合計150cm程度の段ボールが7つとゴルフバッグ。段ボールはそれぞれほぼ25kg。家族帯同の学生に比べたら、荷物はかなり少ない方だろう。その後はLeasing Officeに部屋の鍵を預け、遂に部屋を後にする。裏庭の景色に感動し、そしていかにもアメリカっぽい雰囲気に魅了されてこの部屋を借りた。思い出がぎっしり詰まったあの部屋、そしてオーナーのSと出会えて良かった。
まずはCharterに向かう。Charter絡みで事がすんなり済んだことはなかったが、今日は驚くほど早くまともに終了。その後は空港に向かう。お世話になったGbと東京での再会を握手で誓い、スーツケース3つを抱えてCheck in。
ちなみに昨日韓国人のHが、そして今日はインド人のGがさよならの電話をくれた。特にHはかなり寂しそうな感じだった。2003年5月、26歳の時から留学を目指して勉強を始め、20代後半は留学という夢のために無我夢中で必死になって駆け抜け、そしてその夢を実現することが出来た。彼らはその夢を彩る大事な仲間たちだ。
さて、今回のフライトは初のSouth Westである。スッチーのおばさんが、「当機は禁煙、そして文句も禁止されたフライトです。」と言って若干笑いを取る。他にも「○○行きのSouthwest乗り継ぎは・・・」と一通り説明した後で、「The passengers who take other companies. We don’t care!」と言い放ち、最後は機長がドリフの「歯磨いたか?」「飯食ったか?」の歌のように、「テーブルを戻して忘れ物を確認してシートを元に戻して・・・」と歌い、到着したら「Get out!」と叫ぶ。日系航空会社が同じことをしたら日本人からクレーム続出だろうが、アメリカ人たちはただ大笑い。こういう大らかさが今の鬱屈した日本に必要だとつくづく思う。飛行機はグランドキャニオン上空を経由し、乗り継ぎ地であるLas Vegasに到着。ベガスの空港にはスロットマシーンが置いてある。2000年に訪れた際、最後は13セントしか残らずケツの毛まで抜かれたベガス。今日は暇つぶしに$1のスロットをしたら、3分で大当たりし、$5が$54になった。その後$5だけ使って終了。プチ嬉しい。ちなみに俺は一応マスクをしていたのだが、ベガスに来るまでにマスクをした人には出会わなかった。飛行機はその後30分遅れでSan Franciscoに到着。スーツケース3つはけっこう重たかったが、空港内はキャリーカートで移動、ホテルまでは無料のシャトルがあるので全く問題なし。6:30pm頃、空港から南東に20分ほど行ったMillbraeにあるモーテルふうのMillwood Inn & Suitesに到着。部屋で無料のワイヤレスでメールチェックなどをした後、アメリカ最終日である今夜のプランを検討。ダウンタウンまでは遠い。タクシーだと$50以上かかるというし、時間もそんなにないし、2007年のThanks Givingにしっかりと観光しているので、今回は行かないことにした。水などの買い物のために利用したタクシーのトルコ人ドライバーと仲良くなり、ホテル近くで彼の友達が働いているシーフードイタリアンレストランRocca(1205 Broadway Burlingame)に連れていってもらった。クラム&ムール貝をガーリックトマトベースのスープで味つけしたものを前菜に頼み、メインはシーフードパスタ。後者はメニューに載っていないが作ってもらった。最後にエスプレッソで〆。Tip抜きで税込み計$38とそんなに高くない。ここは観光地ではないし、ビジネス客にはこのレストランはお勧めである。10:30pm頃ホテルに戻る。
今日は遂に22ヶ月住んだSt. Louisを離れた。「俺たちの関係はこれから始まるんだ」というアメリカ人同級生Cの言葉。この言葉によって、St. Louisを離れること、国籍、宗教、職歴を超えて仲良くなった友人たちと離れる寂しさがかなり薄らいだ。確かにもう気軽に会うことは出来ないのだが、Face BookやSkypeなどでいつでもコンタクトを取ることは出来るし、日本や彼らの国々で会えることもあるだろう。これから新しい場所で新しい関係がスタートするだけで、我々の絆が変わることはないのだ。
授業中にCold Callを喰らって悶絶したことがあった。逆にKey Take Awayに載っていることと同じ内容の発言をしたこともあった。Final Examで満点を取ったのに、OptionalのFinalで油断してHigh Passを逃した科目があった。一方で、期待していなかったのにHigh Passが来た科目もあった。ボウリング大会で優勝したし、Deanの顔面にパイを投げつけた。小学校6年生の生徒会長選以来の選挙活動を経て、VP Internationalとして仲間たちの協力を得ながらそれなりに学校でプレゼンスを残した(と思う)。アメリカだけでなく南米やヨーロッパも訪問し、いかにアメリカの歴史が浅いか、中西部のアメリカ人が服装に無頓着か、緩みきったボディをしているかがわかった。毎日やまだ状態で睡眠不足が続いた日もあった。ゴルフの面白さと難しさも知った。もしまた同じように2年間をやり直すとしても、この2年間以上の日々に出会うのは難しいと思う。やりたいことはほぼやりつくした。20代の目標は留学だった。30代の目標は、海外ビジネスでIncome Statementに多大な影響を与えるような活躍をすること、そして語学の修得だ。趣味と実益を兼ねて、40歳までに英語以外の語学を2科目修得したいと思う。人生の目標設定をストップするにはまだまだまだまだ早い!
本日をもって、夏休みを除いて2年間ほぼ毎日書いてきたブログを終了する。他愛も無いことしか書いていないが、ふとした時に読んでみることで、人生最高の時の1つであったOlinライフが甦る。あらためて、サポートしてくれた人たち、応援してくれた人たち、Olinに感謝の意を捧ぐ。
2009年5月19日(日本時間20日) San Francisco発成田行きの機上にて





































