2008年3月アーカイブ

雷雨が続いている。セントルイスでは暖かいと雷雨、晴れると寒い。いったいいつになったらゴルフの気候になるのか。きっとパリプログラムから帰ると初夏を通り越して猛暑になっていることだろう。。。なかなかうまくいかないものだ。今、口内炎がひどい。昔からすぐに口内炎が出来る体質なのだが、きっと先週の連日の水泳の疲れだろう。年と運動不足は否めないなぁ。体をいたわりながらいたぶるのは難しい!

 

朝は香港人Lの招待でDim Sam(飲茶のブランチ版)。もともとの計画は朝10時にLuluという中華料理屋に集合。が、10時ちょい前に着いても誰もいない。店員に聞いたところ、そもそも開店時間は10時半から。そんなもんだ。。。アメリカでは時間通りに来ない方がいいということを思い出した。10時半を過ぎた頃、Lとその友達でEMBAの女性、中国人2年生、フィリピン人、日本人NoとH、中国人Lが来る。ちなみにフライをガンガン頼んだのだが、「朝からそんなにガンガンフライ系を食える人に初めて会った。」と言われ、自分の胃が異常であることにあらためて気づく。腹いっぱい食ってデザートまでつけて一人あたり$15。やはり安い。食べ過ぎたら眠くなってきたので昼寝。「寝る→食う→寝る」まるで獣だ・・・(笑)夕方はGMS Peruのプレゼン資料作成でIとSimon Hallで打合せ。SWOT分析のStrengthとOpportunityの違いについてこんこんと説明しながら1時間半でパワーポイント作成終了。晩飯はいつも通りWhole Foodsで惣菜、およびシーフードチャウダーを買う。夜はParis programの後のヨーロッパ旅行行程を検討。
本日のKaldi'sの話し手は1年生No。彼は恐ろしいほど深く広い知識(ビジネスから芸能人まで!)が持ち味だが、洞察力も深い。人間関係、登場人物相関図で先の先まで読んで先手を打つというM&A業務によりさらに磨かれたらしい。彼とは性格が90%違うのだが、気が合う。きっと、残りの10%「アツい気持ち(Noは表にはあまり出さないけど)」が似ているからなのかなと思う。13時からはForest Parkでアメリカ人R、その友達でロースクール生のN、日本人No、韓国人のJ&Hとゴルフフルラウンド。韓国人Hはデビューとのことで、なんと18時までかかった。今回はHとは一緒の組で回らなかったので、次回一緒に行く時はマナーを教えよう。と言ったら父から「偉くなったな」と言われそうだ(笑)ちなみに本日のスコアは55-58で113と俺にしては大健闘。アメリカのアマチュアローカルルールではどんなに叩いてもパー×2までしかつけない(例えばパー4のホールであれば、10叩いても8とつける)らしい。113のスコアはそのアメリカルールではなく、きちんと日本ルールでつけたものなので、今の俺の実力にしてはまずまず。今回はアプローチが冴えていたので、次回までにドライバーを練習してなんとか近いうちに100を切りたい。非常に寒かったので、プレイ後はNoとHouse of Indiaでカレーを食す。Shrimp SAAGはうまい!ちなみに今日、日本で妻、義父、義弟が引越しをしてくれた。とは言っても東京の某地にある会社の寮内で独身部屋から家族部屋への移動なのだが、部屋の広さが格段に違う。妻にはもちろんのこと、せっかくのお休みを引越しのお手伝いに割いてくれた義父と義弟に本当に感謝。
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今日は、Class of 2008とClass of 2009のSenate、GBSA、そして各ClubのPresidentたちが集められ、Leadership Retreatmentというイベントが開催された。これはいわゆる代替わりのイベントで、このイベントの後から正式にVP Internationalの仕事が始まることになる。ここに集まってきているのはOlinの仲間の中でも特に貢献意識が高く、イベントでも「Leadership」「Change」という言葉がよく出てくるなど非常に前向きだし、行動でやる気を表せる人たちだ。ちなみにDeanからU.S. Newesでランキングが29位から25位まで上がったという話を聞いた。ランキングはテクニカルに上げられる部分(GMATスコアや投資金額)があるのだが、特に日本人はランキングを気にする(正直俺も気にしている)傾向が強いので、Olinの未来を考えると追い風ではある。夜は今まで話したことがなかった2年生や、深く話したことは無かった1年生など、色々な学生と話せた。そのお陰もあり、今夜はすらすらと英語が出てくる。日本にいた頃は1時間3千円払っていたのに、ここでのVariable Costはタダ!そして豪華なディナーも無料。一人暮らしには何より嬉しい。頑張るぞー!ちなみに写真は昔CEOをやっていたことがあるというアメリカ人B。マイナスの真冬でもハーフパンツをこよなく愛すタフガイ。ソフトクリームを嬉しそうに抱える彼は40代(笑)
今日は18:15-21:15のPMBAのEconの授業に初めて出席した。15分の休憩を挟んで3時間。レクチャースタイルから遠ざかっているので、非常に長く感じる。。。インド人のAは授業中ずっと泣きそうな顔をし続けている(笑)終わった後、「マジでつまんねー。。。」と言っていた。他の学生は知らないが、内容としては面白いと思う。
授業の後はTuckers(12th&Russels)という地元っ子が多いレストランにアメリカ人A(2年生)、M、そしてペルーでもおなじみのC&Cカップルと一緒にヒレステーキと巨大じゃがいものオーブン焼きを食す。じゃがいもはこの世で一番好きな食べ物なので、アメリカは天国。危険だ(笑)ちなみに5mぐらい離れているところでアメリカ人カップルが食事をしていたのだが、どうやら初デートらしい。女の子の方があまりにも大声でしゃべっているのにイライラしたCたちが「私たちはあなたの話を聞きたくないし、初デートなら初デートらしい振る舞いをしろ」というようなことを紙に書いて本気でウェイターから本人たちに渡してもらおうとしていてびっくりした。日本人は絶対にしない!まあ裏を返せば公の場では公の場らしい振る舞いをするという意識が日本人よりも高いのかもしれない。
ちなみに今年6月と8月に、Kが中心となって大阪と東京の大手受験予備校2校で、オフィシャルプロモーションイベントを行うことになった。金額は書けないが、学校に主旨を説明して協力依頼をしたところ、大金をポーンと拠出してくれたそうだ。さすが全米10位の金持ち学校!仲間がOlinのために頑張ろうとしている姿は非常に嬉しい。お世話になった予備校の会長がご自身のブログで「留学生はビジター(お客さん)ではない。留学先は他の在校生に負けずと、「あなたの学校」である。」とコメントされていたが、Olinは特にSmall Communityなので、一人一人の貢献が明日を創るのだ。
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今日は授業の後でOJA一部メンバーでTOYOTAの買出しの打合せ、そしてGMS Peruのプレゼンのミーティングを行った。いつも思うのだが、アメリカ人はミーティングをまとめるのがうまい。でもこれは生まれつきアメリカ人>日本人だからではなくただ単にアメリカ人たちは小さい頃から経験を積み重ねてきているだけだ。俺もVP Internationalとしてそういう経験を積極的に積んでいきたいと思う。夜は久々に泳ぎに行く。昔は一日平均で6000m-7000m泳いでいたが、今日は700mであの世からのお迎えが来た。30歳を超えると腹が出てきたり体力が弱る人が多い。今ちょうど岐路だ。そんな時に芋がうまいアメリカに来たので、非常に危険。今期はフィジカルトレーニングもきちんと行おう。

月曜の授業はACF IIのみ。今日は午後からMBA OfficeのSharonと打合せを行う。彼女は中国人で、Wash UでMBAを修得した後、そのままOfficeの一員として就職したのだ。いくつになっても学生たちを見守りながら、学生たちとより良いプログラムを作るという仕事は素晴らしい職業だと思う。彼女と話をする前、Spring Breakの最中にWCC(Weston Career Center)のSimonaというおばさんと留学生の就職問題について打合せをしたのだが、今日のSharonとのミーティングでいったい誰とどのような話をすれば良いのかがわからなくなった。会社でも学校でもどの組織でもいわゆる「三遊間」というものがあり、誰もカバーしていない、または複数の人・組織がカバーして重複している部分がある。この留学生の就職問題というのはまさにそうで、Simonaがキーパーソンなのか、Sharonがそうなのかわからなくなり、Sharonに「俺は誰と話せばいいの?会社でも同じようなことが起こる。」という話をしたところ、Sharonも同じ考えで、結局俺はSharonと話をし、Sharonを挟んでSimonaたちと話をするということになった。俺の勤務している某ガス会社の国内家庭用部門は特にこの重複が多く、何度「俺は聞いていない。」と言われたことか。最初が肝心なので、ミスは繰り返さない。

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朝7時の便で妻が帰国の途に着いた。毎度のことながら、短期間のビジットのために訪米してくれて感謝している。食事も自分で創作するし、こういう才能は俺には一生身につけられない自信がある(笑)帰りはO'hareでひっかからなかったみたいで良かった。夜はGMS Peruの写真交換会。元ペルー大統領の孫のFの家でPotluck Partyを楽しむ。ペルーでコカコーラやペプシを上回るマーケットシェアを誇るInka Colaもあったので嬉しい。(ちなみにInka Colaはすでにどちらかの会社に買収されている!)ちなみに写真はペルー。左は列車の中で歌えや踊れやの大騒ぎの写真。右はアメリカ人CとMがマチュピチュのすぐ横にある山の頂上で撮影したもの。アメリカ人は本当にアメリカが大好きだ。旅行に国旗を持ってくる日本人は聞いたことがない。

前日オールしたので今日はゆっくりめに起きて、午後から日本人同級生Gの家を訪問。いつもながら昨年12月に生まれたばかりの愛娘Kちゃんはかわいい。普通にゲロしたりするが、親には全く関係ないんだろう。俺も最初は女の子が欲しい。そして「パパ会社に行かないで。」と言われて泣いてみたい。その後はたまたま通りかかったベネズエラ人Dとアメリカ人Cに会う。Dはコアで同じグループだったこともあって仲良いこともあり、マメタンク系の容姿と癒し系の声・性格について妻に色々話していたこともあり、ようやく会えて嬉しがっていた。その後はGalleriaで買い物。Holisterでシャツやハーフパンツを購入。ちなみに俺は洋服のセンスがないのでコーディネイトはいつも妻に任せる。洋服屋ではいつも「そんな前衛的な色、柄なんて!」「どこが前衛的なの!」という会話が繰り返される。そして最後はいつも大満足して帰るのだ。
今日はまず、11時からELPのFeed back sessionに行った。これは英語が苦手な留学生向けに実施されたサマースクールやELPについて、学生からの感想、意見を聞きたいということで開催されたもので、VP Internationalである俺からも皆に参加要請のメールを送っていた。(当然メインはアジア人。)が、誰も来ず。。。あと2回あるSessionには皆来てくれるのだろうか。仕方ないのでそのままForest parkの動物園へ行く。昨年妻と一緒に30分だけ動物園に立ち寄ったことはあるが、今回初めてゆっくりと入ってみた。一番受けたのは小熊。1匹が落ち着きなくうろうろと歩き回り、なぜか俺の目の前に来てクワッ!と牙を剥き出してものすごい形相で俺をにらむ。妻は大爆笑。その後はやる気のないグデングデンのサラリーマンのように背中を猫背にしてどっしりと座り込む始末。ちなみに妻いわく、「自覚がないかもしれないけど、俺も家の中ではあの小熊みたいに落ち着きがない。」とのこと。うーん、自覚はない。その後はBuild a bearにてダチョウの親子ぬいぐるみを購入。俺らの中で流行ったはばタンと同じように、絶妙な顔のバランスがヒット。思わず並んで購入してしまった。夜はWiiでオールナイト。
今日はCIAとAccountingの後、Metroで学校まで来てくれた妻と一緒に春の晴天の中でキャンパスにて弁当を食す。考えてみたら、キャンパスで弁当を食べたのは初めてなので、不思議な感覚。嬉しい。Derivativeの授業の後はForest parkに行き、Museumの前の大きな芝生で寝転んでのんびりと過ごす。Forest Parkは本当に広大な敷地で、27ホールのゴルフ場や動物園、博物館まで入っている。東京ではこれだけ贅沢な環境もないので、Forest Parkにはもっと行きたい。今夜も手料理を食べて栄養を蓄える。ちなみに妻は俺よりも肉体的にタフである。普段から睡眠時間は4-5時間だし、アメリカに来ても時差ぼけは若干だけしか感じていなさそうだ。俺は昔家族でロスに行った時、到着当日の夜は意識が朦朧として、赤子のようにディナーの最中に陥ちるという状態だったこともあるのに、本当にすごい。。。これまた才能だ。
今日は昼まで授業の後、Lambert Airportまで妻を迎えに行く。Star Allianceのプラチナ家族カードのお陰でPremium Economyにアップグレードし、ラウンジを楽しみ、搭乗も荷物もファーストクラスと同じタイミングでかなり快適な旅、かと思いきや、いつも通り鬼門O'hare Airportで遅延。。。英語もわからないはずなのに、ちゃんと聞き取り、交渉し、1時間ちょい後に出る飛行機をゲットして一人でLambertまで来られたのはすごいと思う。英語のセンスは間違いなく俺よりもあると思う。。。夜のEconの授業はサボり、学校で色々な学生に妻を紹介した後、買い物をしてのんびり過ごす。今回もいつも同様野菜やきのこを持ち込んでくれたので、妻の食事で栄養補給!いやー食事って大事だね。
授業2日目。今のところ、どの授業も内容的には前期の復習、もしくは続編が多いので、今のところは問題なくついていけている。4月4日に実施されるOJAとSCOC共催のTOYOTA factory tourがあるし、VP Internationalの仕事も本格的に始まるので、今期も引き続き課外活動の比重が高めになりそうだ。「課外活動のせいで勉強がおろそかになるのは本末転倒」という考え方があるが、俺は留学の目的によると思う。ビジネススクールでしっかりと勉強したいという人にとっては勉強が最優先であるべきだし、リーダーシップを磨きたいという人には課外活動に比重が置かれて然るべきである。俺の場合、留学の(真面目な)目的として、マネジメントスキル・知識の修得+多国籍な環境の中で英語を使ったリーダーシップの修得という2つがある。そのどちらも「留学でないと出来ないこと、留学中だからこそ思う存分出来ること」なのだ。どちらも100%出来れば最高なのだが、俺は器用じゃないので、両方80%になってしまう。でもそれはそれで満足している。私費の学生と違い、夏休みが俺にはあるので、勉強についてはそこでしっかり復習すればいい。自分を変えるというのは、ある日突然変えられるわけではなく、毎日積み重ねていき、ふと気づいてみたら変わっていたということを指す。1年後の俺はどうなっているか、今から楽しみだ。16時からSCOCとTOYOTAの件で打合せ。募集定員50名のところ、現時点で32名しか集まっていない。最終的にはなんとかなると思うし、最後の最後で申し込みもあると思うのだが、少し心配だ。最近はずっと雨続き。同じ地区に住んでいて、毎日自転車で通学しているGもさすがに車で来ているという。明日はいよいよ妻が来てくれる。
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今日からついに1年生最後となるSpring Semester Mini-Bが開始となった。昔からマイナス思考が強めの俺は親から何度もプラス思考に切り替えるように言われていたが、長年培ってきた性格はそう簡単に変えられようもなく、去年頃までは「もう半年過ぎてしまった。あと1年半で留学生活が終わってしまう。」と考えてどんよりしていた。しかし最近は違う。これだけ毎日楽しんでいるし、毎日毎日一瞬一瞬を大切にしようという意識を高くもって頑張っているので、卒業する頃にはもちろん寂しさも感じるのだろうけど、それでも思い残すことなく、晴れ晴れと卒業出来るような気がする。終わらない夜はないということばがあるが、終わらないのは朝だって昼だって同じなのだ。これは受け取り方によってはマイナス的な考えなのだが、そうではない。事実を事実として冷静に受け止め、その中で少しでも喜びがあればいいじゃないかという五木寛之的かつ仏教的な考えなのだ。夜はアメリカ人Rはじめ15人ほどと彼のホームグラウンドであるバーKruegersで飲み。ちなみにコアで一緒のグループになり、前期もDAMでペアを組んだ秀才アメリカ人MがACF IIでまた一緒のグループになろうと言ってきてくれた。グループワークではそれほど貢献していたとは思えないのだが、少なくとも「こいつと組んで損はない。こいつと組みたい。」と思ってもらえたのは嬉しい。が、ゲリクソンが再発し、体調的にはあまり良くないスタート。

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GMSから帰ってくるとセントルイスはすっかり春。今日は午後から2年生のKさんとゴルフを楽しむ。その後はRegisという行きつけの美容院でヘアカット。妻に「あまり短く切り過ぎないように!」と言われていたのだが、ノリノリ担当Sは前回同様いきなりバリカンを取り出す。そして気づくとかなり短くなってしまっていた。。。山(マチュピチュ)と海(Miami)で日焼けした顔にこの短髪はかなりワイルドで、爽やか路線からはほど遠い。。。でも仕方ないよ、爽やかじゃないんだもの。今日はClass of 2010の方からOlin進学を決意したとのメールをいただく。「日本人のプレゼンスを上げる」というのは抽象的だし、形のないものだから達成出来たどうかの判断は難しい。でもそんなことは考えずに、ただ日本人として、Olinコミュニティーの一員として皆さんと一緒に学校を盛り上げたいと思う。

いやー久々のブログ更新。書き溜めたブログメモをバックデートで一気に放出し始めた本日は3月29日!今後はまたこまめに更新します。さて、本日は3月1日〜13日の期間で参加してきたOlinの名物プログラムの一つ、GMS(Global Management Study)について。日によって記載内容の濃い日と薄い日があるのはご愛嬌。

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3月1日

ついにGMSが始まった。今まで飛行機の遅延で何回も空港をダッシュした経験から今回は乗り継ぎに平均2時間の余裕を持たせて予約したのだが、今回は無事に3月1日2:55pmにLambert International Airport発のAmerican Airlinesで出発し、翌2日5:25amにPeruのLimaに到着。第一の乗り継ぎ空港であるNew OrleansではGamboを堪能。が、味は普通だった。ロッテ○アあたりでも食えそうな感じ。考えたら成田空港の飯も大したことないからな。。。第二の経由地であるMiamiではまるで第一公用語がスペイン語!話には聞いていたが、ヒスパニックが想像以上に多く、アジア人は少ない。その証拠に、Miamiで晩飯を買ってクレジットカードのレシートに漢字でサインをしたら、ヒスパニックの店員が顔をしかめながら、「これなんて読むの?」と聞いてきた。ちなみにこっちの人は全般的におおらかである。免税店で買い物をした時も、「あんた何歳?30歳?!嘘だわ!あんた18歳に見えるわよ!」「私の息子は野球が・・・」と、放っておいたらいつまでも会話が続いただろう。急いでいなかったから良かったものの、このおおらかさは日本人、特に東京人には時たまストレスになるだろう。ま、これも「自分の常識は相手の非常識」の良い例だ。「今夜がやまだ」生活から解放され、久々にのんびりと旅を楽しむことにする。

3月2日
空港に朝5時半に到着。俺の名前を掲げた旅行会社の人にホテルへ連れて行ってもらう。首都リマは海がすぐそばにあるため、空港を出ると海の香りがする。ちなみにやはり南米、というか発展途上国ならではの退廃感と活気が入り混じっている。どうにかして物を売りつけようとする人々、ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗り込む人、車がガンガン走っている道路で寝ている人、信号待ちの車の横で必死に、しかしながら単なるお手玉をしてをお金を稼ごうとする子供など、以前訪れた東南アジア諸国によく見られるカオスをここでも垣間見ることが出来る。ホテルに到着したところ、自分の部屋がなかったのでとりあえずアメリカ人PとCの部屋に行き、シャワーを浴びる。ちなみにテレビではNHKも放映。飛行機ではかなり良く寝られたので体調はバッチリ。時差は1時間だから問題なし。ホテルで朝食を取った後、バスでリマのビーチへ。

ペルーは南半球で、季節はちょうど真逆。つまり今はちょうど夏の終盤戦。今日は日本の真夏ほどガンガンに暑くはなかったが、それでもビーチで海水浴を楽しむには十分な天気。ちなみにビーチはその名前から想像がつかないぐらいに波が激しく、今年最低3人ぐらいはさらわれてそうなぐらいの勢い。みんなと一緒に日光浴を楽しみつつ、時たまNavy出身のMと一緒に波に砂浜へ押してもらう遊びを繰り返す。ランチは砂浜に敷設されたやぐらの2階でパエリヤ。久々に新鮮なシーフードを味わう。その後は別のビーチにある同行者F(3月3日を参照)の妹の別荘に移動し、Fのクルーザーでなんと太平洋クルージングを堪能。崖に打ち寄せる波頭や崖の一部分でくつろぐアシカ、ペンギンを遠くに見ながら1時間ほどクルージングした後、船酔いした人を下ろして再度沖へ出る。そこで一度停泊し、「サメはいないよね?いないよね?」としつこく確認した後、複数名で海へダイブ。(ただし潜らずに浮いただけ。)当然俺も入水。海水は十分冷たかったが、やはり夏なのでブルブル震えるほどではない。ディナーは現地では最高級の部類に入るペルー料理の店で、学校からの寄付金を利用して豪華ディナー。今回はシーフードミニ盛り合わせとアルゼンチン牛のステーキをオーダー。その後はGMS開始を祝って飲み。GMS(Global Management Study)のM(Management)とS(Study)の意味がまったくわからない初日だった。。。

3月3日
今日は一日詰め込みでお勉強。朝食の後、スペインのコロニアル建築の代表的存在であり、インカ帝国を滅ぼしたことで悪名高いスペインのピサロによって1535年に建築されたカテドラルをビジット。その後は歩いてペルーの証券取引所に行く。俺の第一志望校だったNew York UniversityのMBAの後、証券取引所のマネジャーになったというペルー人のプレゼンを聞く。内容としてはいかにペルーの証券取引所に上場している企業の株価が伸びているか、ペルーのカントリーリスクがいかに低いかという説明が中心だった。Professor Milborneの事前説明のお陰ですんなり頭に入ってきた。次にコロニアル建築の別の建物(名前は忘れた)を訪れた後、地球の歩き方にも掲載されている宗教裁判所跡に行った。これらの建物を見ていると、不思議とベトナムを思い出す。ベトナムはフランスの植民地だったのでスペインとは文化も違うはずなのだが、建築物を見ていると、どうもリマの建物に共通点を見出す。街の中心地でランチ(今回もパエリヤをオーダー)を楽しんだ後は、なんとペルーの農業省の大臣とディスカッション!さすがに大臣と話したのは初めてだ。 「日本では省庁間で利害の対立が政策の実行に悪影響を及ぼすこともあると聞いているが、ペルーでも同じか?どのように対応しているのか?」という質問をする。返答は「輸出問題で外務省と対立することもあるし、それは当然ペルーでも同じ。ただペルーは比較的規模が小さいので密なコミュニケーションをとりながらうまくやっている。」という普通の回答だが、大臣と会話出来るという機会は滅多に無い(というか、今後一生ないかも)ので、やっぱり嬉しい。他の学生からの質問は「農業、水産業、旅行業など色々な産業がある中で、もし農業の利益率が低下した場合、農業従事者が他の産業に鞍替えするのをどのように歯止めするのか?」「農産物の需給調整はどのように行っているのか?」といった感じで、基本的に経済学の観点からの質問が多かった。一刻の大臣という多忙な身でありながら、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた彼に大感謝。前日のクルーザーといい、今回の大臣訪問といい、いくらビジネススクールでも普通ここまでは不可能。その不可能を可能にしたのが、コーディネーターとして今回同行してくれているペルー人のF。彼はもともと、今回のGMS企画担当者でクラスメートであるペルー人Cの知人で、50歳ぐらいのおじさん。会社を複数所有し、余暇はクルーザーで葉巻とワインを味わう完璧なセレブ。大臣は従兄弟、そして祖父はペルーの元大統領だという。。。ちなみにペルーは本当に貧富の差が激しい。日本の格差社会とは根本が違う。奉仕する人間と奉仕される人間が完璧に分かれている。日本でも格差社会と言われているが、努力次第で何とかなる範囲だと俺は思う。でもペルーの場合は、努力ではどうしようもない世界があると感じる。最後はFの母親の家で軽食を食べながら、アマゾンでNPO活動をしているというFの妹か姉の話を聞く。強行スケジュールのため、さすがに皆グッタリしており、2年生のIは話の途中で完全に寝入ってた。夜は21時過ぎにホテルに帰る。何人かが飲みに行くということで猛烈な誘いを受けたが、初志貫徹で今日は行かず。もう年だし、無理はしない。

ちなみにStrategic Cost AnalysisのGradeが発表された。結果はまたまたまたまたPassだったのだが、自信があったFinalでなんとStandard Deviationの枠外の高得点を取ることが出来た。120点満点中、Mean(平均点)は96点、Median(最頻点)は98点、StDevは13点、俺は112点。113点以上は10人しかいなかったし、これは快挙。Mid-termでもっとしっかり勉強していれば、卒業までに1回取れるか取れないかわからないHigh Passも取れる科目であっただけに若干悔しいが、あの時は課外活動で忙しかったから仕方ない。後悔は無し。どうも統計を基礎とする科目が苦手で、会計系は得意、Strategyなどの定性系は普通というのが今の俺の学力のようだ。CPA受験者として会計が得意なのは良いことなのだが、あらためてサボりにサボっている統計の復習の必要性を痛感している。

3月4日
ついに下痢になってしまった。朝起きた時から若干体調不良を感じていたのだが、その後トイレに行ってゲリクソンが腸内で大暴投を繰り返していることを認識。(結局今日は6回もトイレに行ってしまった。)そのせいもあり、朝一のイベントであるペルーのベンチャーキャピタリストによるペルーの投資業界の話になかなか集中出来なかった。ちなみに講師は日本にも資金集めに行ったことがあるというので休憩時間に日本のエネルギーに関する話を少しした。当社のLNG調達について、最近は地理的な要因等で豪州に力を入れていることを説明。その後はLaMarというCお勧めのシーフード料理屋に行く。地元の人々に大人気のようで、1時間ほど待つ。が、やはり待っただけのことはあった。俺はマグロのタタキとセビッチェ(リマの代表的料理で、魚介類のマリネード)を堪能。セントルイスで食べられない分、新鮮なシーフードを思う存分楽しむ。ちなみに今回の旅のルームメイトである中国人Bは30万円もするデジタルカメラを持って、四六時中写真撮影をしている。この店ではなんと厨房に行って写真を撮りまくっていた(笑)そして店員に囲まれていると思ったら皆が大笑いしていた。どうも1人の店員に変なスペイン語を教わり、その言葉を店員たちに言ったところ、大爆笑となったらしい。その言葉は「グラシャス、マリコン!」。意味は「ありがとう、ゲイ!」(笑)その後は徒歩でカフェに立ち寄る。アメリカ人Pがどっぷりと仮眠をとっていたところ、荷物を椅子に縛る(盗難防止用)のベルトを誰かがPのジーンズのベルトに結びつけた。そして皆店を出て行き、あらかじめ頼んでいた店員のPを起こしてもらい、慌てるPを俺のデジカメで撮影しようということになった。俺だけ「ケガしたらかわいそうだ」と言いまくったのだが、「ここでは日本人的考えはやめなさい。大丈夫だから。」と皆に言われ、仕方なくその作戦に乗る。結果的には大成功で、ボーっとしたPを撮影し、皆で大爆笑。Pもケガ1つなかった。うーん、日本人だからなのかな。ケガがなくて良かったが、もし何かあったらせっかくの旅が台無しになるところだったし、俺は自分の考えが間違っているとは思わない。夜はまたまたペルー料理を味わう。俺はシーフードのリングイネをオーダー。今回の旅では皆それぞれの料理を少しずつシェアするのでたくさんの種類の料理が食べられてナイス。Pがオーダーした仔牛の脳みそは白子のような食感で悪くなかった。ちなみにIとCが体調不良でディナーを途中離脱。皆大丈夫か??ディナーの後は地元のクラブに皆で行ったのだが、狭っ苦しい上にイマイチ盛り上がっておらず、「つまんねーな」と言いながら皆でホテルに帰る。夜はBからもらったゲリクソン用の漢方薬を飲んでから寝た。明日はリマを離れ、カハマルカという地方都市へ出発。ちなみにリマではたくさんのChild Laborに会う。靴磨きの少年、花売りの少女、停車中の車の横でお手玉をする少年。。。彼らは勉強をしたくても親に働かされているので、「親が金を持っていない→子供も金を稼ぐ→勉強する時間も金もない→良い仕事を得るチャンスがない→その子供にもまた同じ歴史が続く」という悪循環なんだろう。俺の場合は中学から大学まで私立の学校に通わせてもらい、思う存分水泳に没頭出来た。大学時代には車ももらえた。自分の好きなことが出来るというのは本当に幸せなことだ。将来自分のこどもにも自分のやりたいことはやらせてあげられるよう、頑張って働きたい。でもあんまり好きなようにさせすぎるのも良くないので、バランスを考えながら。

3月5日
Bからもらったゲリクソン薬が思いのほか効いた!一応朝食後にまた飲んだのだが、朝起きた瞬間に体調が回復していることが実感出来るほどだ。さすが中国四千年の歴史!朝はヤナコッチャという南米2位の金山の43%を所有している会社のVice Presidentの話を聞く。当然Fのお友達。住友(おそらく鉱山)がビジネスパートナーの名前に挙げられていたので、「日本から来たので住友の名前はもちろん知っている。ビジネスパートナーとして選定するにあたり、どのような基準があるのか?技術?資金?ネットワーク?」という質問をしたところ、「資金というよりはオペレーションの技術が欲しかった。日本の技術は素晴らしい。」という回答をもらう。前日のレクチャーと異なり、本当に体調がいいのでしっかりと講義を楽しむことが出来た。ありがとう、中国!その後は飛行機でカハマルカへ。地球の歩き方によると、カハマルカは標高2750m。後日訪れるクスコほどではないが、それでも高地である。ホテル内にて無料で提供されていた高山病に効くというマテコカ(コカの葉茶)を飲みまくったのが効いてくれるといいが。。。ちなみにアメリカ人たちはマテコカを飲まない。理由を聞くと、「5月からのインターンシップの前に尿検査があり、薬物検査でひっかかってしまう可能性があるから。」とのこと。飛行機が出発して1時間後にカハマルカに到着したところ、かなり涼しい。とりあえず現時点では高山病は大丈夫そうだ。ホテルに着いてみると、なんと四つ星ホテル!現地に五つ星ホテルは無いので、実質当地最高のホテルである。さらに天然の温泉付き!あり得ない。。。ディナーまで少し時間があるのでさっそくスチームサウナと温泉スパを堪能。贅沢だ。非常に贅沢だ。こんなんで単位もらっていいのか?いいんだよ。ディナーは街の中心地にある教会のすぐ横に位置するペルー料理屋。今夜はチキンスープ、牛肉とガーリックパスタをオーダー。味は普通だったな。ちなみに食事中に外から少年3人が入ってきて勝手に演奏。後にチップを要求されたので、小銭を全てあげた。アメリカ人は「俺はこういう押し売りは好きじゃない。」と言っていた。まあ俺も好きというわけではないのだが、やはりペルーの貧富の現実を目の当たりにすると、チップをあげないわけにはいかない。ちなみに今夜のディナーはFとIがそれぞれ体調不良と下痢で不参加。今回バタバタ皆倒れてまるで死の行軍である。今日到着直後にMとAがジョギングをしていた。俺は「高山病になるからやめた方がいい」と言ったのだが。まあ明日以降わかるだろう。ならなければならないで良し。11時頃ホテルに戻る。ちなみにこっちのタクシーは安い。日本だと1500円ぐらいかかる距離も、300円ぐらい。タクシーの数も多い。明日は朝7時から朝食。その前に次回いつ入れるかわからない温泉に入りたいので、早起きだ。

3月6日
ヤナコッチャ金山を訪問する。配布された高山病用のピルを飲んだが、高度約4,000mでさすがに若干息苦しさを感じる。高さ6-7mほどある採掘用ダンプの上に登ったり、水質のチェックを行う研究所を見学。ガイドが言っていたが、ペルーは天然資源(金、銀、オイル、天然ガス)が豊富なのに平均所得は高くない。私見だが、大きく分けて2つ理由があると思う。まず、上でも書いたとおり、ペルーの技術の無さ。技術がないので外資を受け入れて技術を取得。その代わりに利権の一部を譲渡するからか。もう一つは伝統。ペルー人の40%は貧困層と言われているのだが、例えば山岳地帯で昔ながらの家業(アルパカの毛製品を生産、販売)を営む人々にたくさん会ったが、彼らは神が与えてくれたリソース、自然に感謝し、先祖代々続く家業を幸せと思っているから、所得が根本的に上がる理由がない。

3月7日
今日はインカ帝国最後の皇帝であるアタワルパが投獄されていた場所を訪問する。彼は監禁されていた部屋いっぱいの黄金を進呈すると言ってスペイン人に釈放を懇願したが、最終的には虐殺の罪などで処刑される。しかも死の間際にキリスト教に改宗させられてから。スペイン人の残した爪あとは深い。次にインカ文明より前の文明の墓跡を訪れる。そこで出会った少年・少女たちから言われて印象に残っているのが、「鉛筆がほしい」ということばだ。お金もほしい。でもお金は親に渡さないといけないし、鉛筆の方がほしいと。靴には穴が開いている。過去の俺自身にも言えることだが、日本の勉強嫌いなこどもたちよ、一度発展途上国に行ってみろ!勉強出来ることがどれだけ幸せなことか。と、言ってみたところで、日本のこどもたちからすれば、「別に勉強したくて勉強しているわけじゃない。」と思うだけだろう。後悔先に立たず。勉強を教えるよりは、勉強を好きになる方法を教えることだろうな。その後はチーズファクトリーを訪問し、買うつもりもないのに試食しまくる。何人かの学生はチーズを購入。中国人Bはヨーグルトを購入していたが、プレーンのため味がなく、悶絶していた。夜はアメリカ人P、P、それからツアー会社(ペルー人Cの弟の彼女でベルギー人。数ヶ国語を操る脅威の人。)と一緒にバーに入り、30分ほど飲む。俺はビール30mlぐらい。そしてその隣の隣にあるバーに移動する。ここは家族経営で、60歳代と思われるおやじさんを中心にその妻、30代と思われる次男とその妻が運営。生ギターでペルー音楽と歌を楽しむ。エルコンドルパサール(コンドルが飛んでいく)をリクエストしたが、たまたま弦が切れた最初のギターでないと弾けないと言われてガッカリ。。。最後に店内にぎっしり書かれたコメントの隙間を何とか見つけ、日本人男として初めて感謝の気持ちを書き込んでからホテルへ戻る。

3月8日
今日は久々に午前中のんびりである。3〜4人はホテルのすぐ横で乗馬を楽しんでいた。午後はカテドラル見学。ディナーはまたまたペルー料理。聖なる峡谷と呼ばれる場所を訪問したのだが、そこで出会ったアルパカのかわいさに正直萌えた。ちなみにアルパカ製品はどこでも買えるが、ベビーアルパカ製品は先日訪れた山岳地帯のとある場所でしか購入出来ないらしい。ミリオネアである中国人Bはベビーアルパカのカーペットや服を即購入していた。

3月9日
名前は忘れたが、途中で立ち寄った街のマーケットで石を加工したインカの神様の彫刻と、ペルーではコカコーラやペプシよりメジャーなInca KolaのTシャツを購入。アジアに出かけた時も同じだったが、マーケットでのネゴは楽しい。Inca KolaのTシャツは確か20ソレス(当時は2.9ソレス=$1)から始まり、最終的には8ソレスにまけてもらう。彫刻は35ソレスから始まり、最終的には15ソレス。ちなみにアフリカンアメリカンのFに話を聞いたところ、ほとんどネゴをしなかったらしい。理由を聞くと、「そんなに値下げしてもらえるなんて知らなかった。」と。やっぱり事前のリサーチは大事。俺は東南アジアに行ったことがあるからわかっていたけど、もし知らない国、街に行く場合は予備知識を仕入れることで、よりその旅を楽しくすることが出来る。休憩代わりに寄った観光客向けの小さい小屋の前で、男対女でペルー版ダーツをする。負けたらダンスという話になり、皆真剣にトライしたのだが、結果的に男は2回とも敗北。情けなし!Chinese New Year Partyで習得したGorieより、ラインダンスを披露する。今回の旅では、移動のバスでほぼ毎回爆睡している。体調は良い。

3月10日
今日はGMS最大最後のイベントであるマチュピチュトレッキングを敢行。雨季のペルーに来たわりには今まで天候に恵まれていたが、今日はあいにくの雨。朝8時過ぎにバスでホテルを出発し、ペルー鉄道に乗ってインカトレイルの途中地点へ到着。2時間のランチ休憩を含めて計7時間をかけて厳しい山道を登り下ると聞かされていたので皆戦々恐々。俺も日ごろの運動不足を懸念していたが、実際にはそれほどキツくはなかった。もちろん途中途中で思わず叫びたくなるような急坂ももちろんあったのだが、それも長くはなく、すぐに平坦な道が現れたので、心拍数が上がりすぎることもなかった。16人のメンバーの中には最初から死にそうな顔をした人もいたのだが、最終的には全員が大怪我をすることもなくマチュピチュに到達!やはりマチュピチュが視界に入ってきた時には感動した。標高2千数百mの高地になぜ、そしてどうやってあれだけの重さ、量の石を運んだのか。中には崖そのものの場所に石を積み上げて壁を気づいていた部分もあり、あらためてインカ文明の謎が人々を魅了するのがわかった。ちなみにマチュピチュは噂に聞いていた通り、ラピュタのイメージにかなり近く、無性に観たくなった。時間が出来たらYOUTUBEやニコ動で検索しよう。
18時頃、本日宿泊するマチュピチュシティのホテルInti Innに到着し、19時までのんびりしようとした矢先に色々な部屋から悲鳴が聞こえる。原因はシャワーである。いくら待っても水しか出てこなかったのだ。おまけに濡れた靴を乾かそうとドライヤーを使ったのだが、1分で使えなくなる。設備もボロボロだし、昨日までの宿泊が嘘のようなひどい状況。ま、これも思い出になるだろう。。。晩飯はバックパッカーをターゲットにしていると思われる食堂でペルー山岳料理。ちなみに珍しくホテルにThai Massageがあり、値段も1時間$25と格安なので、今日の疲れを明日に残さないためにも依頼する。やってきたのはThai出身の見た目40代のおばさん。Watt Poで学んだというマッサージは本格的で、昔Thaiで感動した内容そのまま。本物である。お陰で疲れが取れそうだ。
今日のトレッキングでも皆で声を掛け合い、楽しみながら歩く。GMSではペルーという国を楽しんだだけでなく、Olinの仲間たちとの絆もさらに深まったような気がする。ほとんど話したことがなかったアメリカ人同級生C、そして今まで話したこともなかった2年生たちとも色々な話をし、同じ体験をすることで、また一つ、Olinの素晴らしい仲間たちに出会えて良かったと思っている自分がいる。

3月11日
ついに皆との最後の夜。インカトレイルはキャパシティの都合上、事前に政府に申請を行わなかれば立ち入ることが出来ないのだが、GMS申し込みが遅くなったPとFは、昨日のトレッキングに参加出来ず、電車でマチュピチュシティに昨日到着した。その彼らに付き合い、マチュピチュまでバスで行った後(チョー楽ちん!)、サンゲートと言われるマチュピチュを見下ろす絶景のポイントや、インカブリッジという名の単なる山道に行ったりする。マチュピチュからクスコではPとFが乗ってきたペルー鉄道で4時間弱かけて帰る。帰りはアメリカ人らしく、電車内でダンスや歌の大騒ぎ。ちなみにたまたま一緒の車両になった日本人観光客のおばさまたちと会話。頭の悪いアメリカ人学生たちの行動に怒っていると思いきや、もの珍しさからか、色々質問された。日本語ペラペラのPを横目に、中国人Bが「こんにちは、私はK(彼の苗字の日本語読み頭文字)です!日本語わかりません!」とわけのわからない挨拶をする。ちなみに日本の電車内であれだけ大騒ぎしたらネットに書き込まれても不思議ではないのだが、アメリカ人の中ではそんな意識はない(旅行でうかれていたこともある)。国民性の違いと言えばそれまでだが、俺としては大声で会話をしている女子高生たちの方が携帯電話で会話している人よりもよっぽど迷惑だと思うのだが。夜21時過ぎにホテルに到着。中国人Bとクスコの街に繰り出し、晩御飯を食べ、バーに行って深夜帰宅。

3月12日-13日
朝は皆一緒にクスコの空港へ。空港にて、Extentionでアレキーパという街に行く8名と、帰国する6名と、実家に戻るペルー人Cとその彼氏であるアメリカ人Cに分かれる。Limaでは少し時間があったので、1時間ほどカジノに行く。当然負ける。でも$20程度。Limaの空港でついに1人になる。長期間皆と行動していたので、急に寂しさが襲い掛かる。Limaからのフライトは30分遅れて出発。そしてさらに13日の朝、Miamiでの入国検査に予想以上に時間がかかり、Atlanta行きのフライトを逃す。初めて「Fu○k!」ということばを使う。しかし気を改め、結果的に一番最後の時間の直行便に変更し、Miamiのビーチを楽しむことにした。行きもそうだったのだが、Miami空港はネットがつながらない。何度もトライしたが、どうしてもうまくいかない。周りを見てみると、誰もラップトップを使用していない。仕方ないので取り急ぎどこかのホテルに行こうと思ったところ、親切なタクシーの運転手が「ビーチ沿いにネットカフェがある」と言うので連れて行ってもらい、ようやく妻とSkypeが出来た。そこで、妻に最安と思われる$100のMotel Bluを教えてもらい、ネットで予約。世の中便利やー。ほんの5年前まではアメリカにいる妹とは国際電話で高い金を払って声を聞くことが関の山だったのが、今では無料でTV電話が世界中楽しめる。昼12時半頃タクシーの運転手に「この周辺は夜治安が悪いから気をつけろ」と何回も念を押されながらMotelに着くと、玄関のドアは受付係が開錠しないと入れない。Gay Friendlyと書いてあったのも気になる。が、ホテルには老夫婦も宿泊していたり、思っていたほどはひどくない。むしろ快適である。待ちきれずにすぐにビーチへ向かい。青い空と海、白い砂。久々にのんびりする。が、ゴルゴではあるまいし、リゾートには一人で来るべきではない。二人か10人ぐらいで来る方がよっぽど楽しい。夕方Motelを後にし、タクシーで再びMiamiに。チェックインは済んでいたのであまり焦っていなかったが、すごい人込みだ。次回もし何かでMiamiを経由することがあった場合、時間には気をつけたいと思う。機内ではなんとアフリカンアメリカンの2年生FとIに再会する。Miamiに滞在し、夜のフライトに変更した理由を話すと、「Teddy、you are so funny.」と言われる。ちなみにこのTeddy。Iにつけてもらったニックネームなのだ。生まれて初めてのamericanニックネーム。物凄く嬉しいし、自分の本当の名前から遠くないし、お気に入りである。が、やはり日本人。気恥ずかしいのであまり使わないだろう。St. Louisに到着し、もうすぐ家に帰れると思った矢先、我々の乗ってきた飛行機のBaggageが出てくるのが遅くなるという話を小耳に挟む。すると乗客の1人が「Attention please!」と航空会社の従業員のものまねをしながら、要約すると、「皆さん、我々の荷物が出てくるのはだいぶ先になるそうですよ。しかも理由も教えてくれないんだとさ!そんなの許せるか、みんな?!」と呼びかけたところ、その場にいた全員で一斉に「ノーーー!!」と叫ぶ。アメリカ人はプレゼンもうまいが、こういうとっさの場面でのパブリックスピーキングも非常に巧みだ。それも一部の人間でなく、ほとんどの人がサクッとこなす。30年間そういう訓練を受けてこなかったが、このスキルはぜひぜひ身につけて帰りたい。GMSを総括すると、ペルーでは東南アジアのような活気を感じ、ギラギラしたパワーをもらえた。自分はアメリカに留学しているからといってまるで世界を知り始めてようなつもりでいた。そんな自分に反省。世界は広い。日本人であることに誇りを持ち、彼ら彼女らに負けないよう、正々堂々と、協力しながら、切磋琢磨しながら頑張って国際人になれるようになりたい。俺の中での国際人の定義は「世界を知ることで、最終的に自分が日本人であることを自覚出来る人間」である。まだあと1年ほど残っている、二度と戻ってこないこの留学生活をますます充実させたい。

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